キューバ

2017年8月キューバを観光した。この国は政治・経済では日本とはあまり交流は多くないが、名前はよく知られている。古くは17世紀初頭、支倉常長がヨーロッパ訪問時に立ち寄った。19世紀末からは日本人の移民も行われた。第二次世界大戦直後の日本の食糧危機においては大量の砂糖の供給を受けた。
その後カストロ、ゲバラらによるキューバ革命、1962年のキューバ危機、激しいリズムの音楽など知名度は高い。しかし交流が少ないため本当はどんなところかあまり知られてはいない。
西大西洋の東西に細長い島国で北側が大西洋、南側がカリブ海。

キューバの国土は日本の本州の半分くらい、人口は日本の十分の一。国土のほとんどが平野で山が少ない。従って豊かな農地が広がっている。しかし長年の植民地支配、奴隷制度などで民衆は苦しめられてきた。独立後も独裁政権下、格差は大きく革命に至った。革命後は社会主義制度となったが全体主義ではないため可なり個人の自由はあるらしい。またラテン系民族らしく雰囲気は明るい。

ハバナ

ハバナは首都であり最大の都市。人口約200万人、全国民の6分の一が住んでいる。スペインからの独立後はアメリカの影響が強く、右の国会議事堂もワシントンのホワイトドームをまねて作られた。現在修復中とのこと、2019年ハバナ500周年に完成する予定とのこと。キューバの道路のゼロ地点。

中心部には首都らしく主な役所や劇場などが並んでいる。ここだけを見ていると近代のヨーロッパと見違えるほどだ。

走っている車は三分の一位が数十年前のアメリカのクラシックカーだ。外観だけはピカピカに磨かれている。

2001年仙台育英学園が建てた支倉常長のモニュメントがあった。

1614年ローマを訪れる途中立ち寄ったとのこと。これから行くローマを指しているのだそうだ。

16世紀に最初に建てられ、現在の物は3代目で18世紀初頭に建てられた。前の広場が生活の中心であり食品をはじめ奴隷などの市も立ったそうだ。
左右の塔がアンバランス。左側の通路が狭いので細く立て直したとか。

支倉常長のモニュメント

カテドラル

革命広場

この国にとってはもっとも大切な場所なのだろう。
市内で最も高いサンマルティの塔があり、周辺には重要役所や図書館などがある。
郵政省にはカミーノの顔が、内務省にはゲバラの顔が描かれている。

これらのモニュメントはフェデル・カストロ時代に作られたものでカストロの顔はない。
フェデル・カストロは遺言で、自分自信の名前の付いた建造物や記念碑を作ることを禁じだのだそうだ。
このあたりは他の社会主義国とは全く違い特別な個人崇拝を戒めている。

クラッシックカー

キューバにはクラッシクカーがあふれており、これらに乗るのも観光の目玉の一つになっている。1950年頃のアメりか車がほとんど。写真は観光用の車だが、一般のタクシーやマイカーにもクラッシクカーが多い。
いずれも美しく磨いてあるが、中味は極めて怪しい。全く別の車の部品を寄せ集めてあるようだ。

筆者の乗った車はスピードメーターがKm表示で最大110Kmまでしかなかった。かつ走ったらスピードメーターは全く動かなかった。車検なんかないのだろう。