バルト三国について

2015年9月バルト三国を旅した。
バルト海南側に面するエストニア、ラトヴィア、リトアニアの三か国はバルト三国として一緒に考えられることが多い。民族も同じバルト族であり、国土は平坦で地形的にもよく似ている。殆どが畑と森林である。気候も似ておりずれも農業主体の国である。人口が少なく国家間の関係も悪くない。よくある隣国どうしの争いもなさそうだ。この三国の首都タリン、リガ、ヴィリニュスの旧市街は世界文化遺産であり、かつ建物の形もよく似ている。我々よそ者から見ると同じ国に見える。

しかし言語が全く違う。エストニアはフィンランド系の言葉で、リトアニアとラトヴィアはヨーロッパ・インド系の言語ではあるが互いに内容は全く違う。いずれも独自の言語である。
古くからの地方都市のような極小国が永年周辺国から強い影響を受け分離統合していったのだろう。国土は三国合わせて日本の約半分、平野だけでは日本より大きいかもしれない。人口は合わせて700万人程度。これではロシアをはじめ地続きの大国に力で攻め入られてはとても逆らえず支配に任せるしかなかったのだろう。

中世以降は先ず北方十字軍とも呼ばれるドイツ騎士団に国を破壊されキリスト教に染められた。その後リトアニアはポーランドに支配され、ラトヴィアはデンマーク、エストニアはフィンランドに支配された。更にその後帝政ロシアやソ連の支配を受けた。一時的に独立したことはあるが、本当に国家として独立したのはいずれもソ連崩壊後だ。したがって今もソ連支配の傷跡が強く残っておりロシア系国民も多いが、歴史上三国共今が一番平和であるようだ。NATO、EUにも加盟し通貨もユーロに統一された。

宗教も旧支配国の影響が強くリトアニアはカトリックが主、ラトビアはプロテスタントが主、エストニアは帝政ロシア時代にロシア正教へ改宗させられた歴史があり、ロシア正教も加わってそれぞれ混在している。しかしソ連が宗教を弾圧したため今ではあまり信仰心は強くはないようだ。
産業としてはいずれも農業中心で小麦、トウモロコシ、酪農のようだ。森林を生かした木工製品、建築材も多い。森林のキノコ、ブルーベリーなどの果実も特産だ。
音楽や現代アートも盛んなようだ。最近では特にエストニアでIT産業が発展している。

三国の首都旧市街は非常に道がわかりにくく迷いやすい。道路が複雑に交差し、かつ直角ではないため、すぐに方向感覚をなくしてしまう。沿道の建物は4−5階建の高さがあり回りが見通しにくく、かつ目印になる教会の尖塔などがよく似た形で多くあり区別がつきにくい。これは外部から攻め込まれたとき敵が迷うように意識して街を作ってあるのだろうか。
道路幅は狭くはないが平らな石畳ではなくソフトボールより大きい丸い石を敷き詰めてあり非常に歩きにくい。運動靴でも足首を捻挫しそうになり、ハイヒールなどではとても歩けそうにない。

エストニア

ラトヴィア

リトアニア