インド

2007年2月インドを旅した。最近はBRICSの一員として発展著しい、特にIT産業は突出していると聞いて出かけた。12億を越えたと言われる人口の動態が興味深いところである。
しかしIT産業はバンガロールだけのことで直接、間接にその恩恵を受けているのは国民の僅か1%程度とのこと。また我々日本人から見て普通の生活をしているのは国民の1割程度とみられる。昔からマハラジャと呼ばれる突出した大金持ちは今も健在で数百家族はいるそうだ。

インドの宗教

残りの10億以上の国民の生活状況はどんなものなのか。わずか10日余りの滞在では心の豊かさまでは計り知れないが、物質的豊かさは日本の終戦直後のように見える。特に最下層のカーストのさらに下に属する不可触賎民がおり人口の10%とも20%ともいわれている。彼らは非常に貧しい生活を強いられ多くは乞食を業としている。

現憲法では禁止されているが、3000年以上前から続いてきたカースト制度は今もしっかりと根付いている。いくら隠しても姓をみれば属するカーストがわかり、それは一生変ることがないのだ。カーストとは元々ポルトガル語の血統という意味で親から子へ代々伝えられるもので末代まで変ることはない。徹底した格差の固定化なのだ。上位のカーストでもカースト間の結婚は非常に稀だそうだ。カーストが違えば異種の動物なのだ。カーストの低いものは上位の人にしっかり仕えれば来世には上位になれると教えられているそうだ。

街を歩いて外国人相手の物売りが多いのは多くの国で見られることだが、乞食の多さには閉口する。赤子を抱いた若い女、子供、身体障害者などなど何処にでも居る。「ギブミーチョコレート世代」としては子供を見るとつい菓子などをやりたくなるが、対応が全く違う。もらったものはひったくるようにして逃げていく。まるで猿に餌をやっている感じだ。礼など言う気配は全く無い。またはもらったものは後ろに隠してまたくれという。もたもたしているとどんどん集まってきて数十人の乞食に取り囲まれて逃げられなくなる。女性などには恐ろしい存在だ。これが大都会だけでなく田舎町でも同じだから油断できない。乞食の中には色は黒いが顔立ちが整ったびっくりするような美人がいるのには驚く。

もう一つ驚くことはこの国では車と人間と動物が互いに衝突することなく何処でも共存している。
車の中で最も多いのがリキシャとオートリキシャ。リキシャの語源は日本の人力車と思われるが、ここでは三輪自転車で後ろに客を乗せるタクシーだ。オートリキシャは三輪自動車のことで、やはりタクシーに多く使われている。そのほかにはもちろん乗用車、トラックなども所狭しと走っている。

人間の中にはバラモン(聖職者)、クシャトリア(王族、武士)、ヴァイシャ(平民)、シュードラ(奴隷)、アンタッチャブル(不可触賎民)という5種類の種族がおり、動物には牛、ヤギ、犬、水牛は至る所に、また地域によって羊、豚、猿、駱駝などがいる。

動物の中には家畜もおればのらもいる。それぞれがマイペースで生活しており、ハイウェーのド真ん中に牛が寝そべっているのもよく見られる光景だ。いわんや一般の街中では動物もしっかりと「人権」を確立している。人間の捨てたものを乞食が拾ってたべる。それでも食えずに捨てたものを動物達が食べる、その糞をまた人間が燃料として使う、という一種の食物連鎖が出来ている。牛の糞は素手でピザのような形に整えて日干しにして売っている。

今もこの国は独特の文化を持って国民はそれを誇りに思っているが、紀元前には日本や欧米よりも遥かに進んだ文明があったのに、何故今こうなんだろうか?現状維持を良しとする宗教のせいではないかと思うがよくわからない。

インドには八つの宗教があると言われている。それぞれの人口に対する割合は大略以下の通り。
ヒンズー教:80%
イスラム教:13%
キリスト教:2%
シーク教:2%
仏教:0.8%
ジャイナ教:0.4%
ユダヤ教
ゾロアスター教

街で見かけるお寺は殆んどがヒンズー教で日本の社寺のようなものだ。ヒンズー教にはシバ神を筆頭に3億の神様、女神様がおられるそうだ。お寺に入るといろいろな神様の像が祭られており我々にはさっぱりわからない。生首をぶら下げたような恐ろしげな神様や性行為をおおっぴらに煽るおおらかな神様も多い。

イスラム教徒は女性はスカーフをかぶっており、男性は大体白い帽子をかぶっているのでわかる。結構多い。

シーク教徒はターバンをつけているのでよくわかる。ただしシーク教徒以外でもターバンを付ける人もいるようだ。なぜか見世物の蛇使いは必ずターバンを巻いている。

仏教とジャイナ教はヒンズー教から派生したものといわれている。確かに日本にも七福神、四天王、鬼子母神などなど仏教と共に伝わってきたヒンズー教の神様が多い。

仏教の元祖インドではペルシャからイスラム教徒が攻め入ったときに仏教の僧達を皆殺しにしたため廃れてしまった。仏教の信者達はそのとき低いカーストに組み入れられたと言われている。そのため以後の復興は出来なかったようだ。一部の僧がセイロン(スリランカ)に逃れて布教したためそちらで復興した。今でもインドの仏教史跡にはスリランカから多くの僧がお参りに来ていた。日本人の僧もよく見かけた。

ジャイナ教は仏教とよく似ているが徹底した教義主義で僧は常に上半身裸、一般信者も足ははだしだ。時々立派な身なりの人がはだしで歩いているのを見かけた。多分ジャイナ教の信者なのだろう。菜食主義でそれも根菜は食べず葉菜と果実のみを食べるそうだ。蚊や蝿を含めて一切の殺生をしないそうだ。