イラン

2008年3月イラン中央部を旅した。
イランといえば核開発問題で再三国連の非難決議を浴びており、また麻薬マフィアが横行し、2007年には日本人大学生が誘拐され未だ救出されていないなど「危ない国」という印象が強い。
地理的にも南はペルシャ湾、北はカスピ海、東はアフガニスタン、パキスタン、西はイラクなど危険な国や地域に囲まれているのだ。
しかし中に入ると中部に関する限りそんな雰囲気は全くない。石油の国だけあって夜もいつまでも明るく、夜遅くなっても女性のそぞろ歩きも多い。最低限の生活保障もされているらしく、乞食もほとんどいない。平和を謳歌しているようにも見える。

外国人を見るとカメラを持って追いかけてくる。一緒に写真を撮りたいのだ。女学生などはすぐに「撮って、撮って」と集まってくる。こちらのカメラで撮るだけで与えるものは何もなくても「メルシー(ありがとう)」という。
そういえば大学の進学率は男性より女性のほうが多く、大学生は70%が女性だそうだ。それでも結婚となると殆どが親の決めた相手だそうだ。女性が抑圧されているのかどうか、よくわからない。

もう一つ驚くのは先進国とはいえない国だが国全体が清潔だ。いたるところにバラの花が植えられており季節が来るとさぞ美しいだろうと思われる。埃っぽいのは砂漠の国だから仕方がないが、常に街はきれいに清掃されゴミは殆どない。動物の糞などは全く見かけない。ただし工事中が多く土埃は少なくない。
水道水もよく浄化されているので飲めるらしいが、硬度の関係で慣れるまでは飲まないほうがいいそうだ。
どこでも食事の度に山盛りの生野菜が出されるが安心して食べられる。

この国は7世紀にアラブに攻め込まれて強制的にイスラム教に改宗させたれた。それ以前はゾロアスター教の国であった。そのため今でも各所にゾロアスター教の習慣が残っている。

イラン人の気性は明るく人懐っこい。
我々外人を見るとすぐに寄ってくる。最初は物乞いか押し売りではないかと警戒するが、そんなことは全くない。ただ珍しいだけなのだ。男性も女性もごく気軽に話しかけてくる。殆どの人が片言の英語ができるので一応簡単な会話は通じる。他のイスラム国の女性達は写真を撮られる事を嫌う傾向が強いがここではそんなことはない。
真っ黒な姿から連想する暗さは全く感じられない。

まずイラン航空に乗ると東京からスチュワーデスはこの姿だ。日本人スチュワーデスもいるが制服は同じだ。

現在の国家体制は宗教独裁とでもいうのか、イスラム教が全ての国だ。ホメイニによるイスラム革命があったのが1979年で、それ以前は古代バビロニア以来数千年にわたっていろいろな王朝の興亡があり、民主主義になったことはないのだ。
現在では一応大統領と国会議員は国民の選挙で選ばれるが、これらは世俗の代表であって全ての権限が与えられているわけではない。世俗の権限に優先して聖職者の権限が大きいのだ。数十人の聖職者の会議があり、その上に数人の聖職者による実力者会議がある。さらにその上に一人の最高実力者がいて、全ての決定権を持っている。これらの聖職者がどうやって選ばれるのかも不透明だ。

つまり世俗社会の政治と、聖職者による政治の二重構造になっており、常に聖職者の決定が優先するのだ。最高実力者は法律はもちろん憲法すらも変更できるという。
国民の中にはイスラム教が深く浸透しているが、さすがに教条主義の現体制には疲れているらしく政治については多くを語りたがらない。革命警察の目が光っておりうっかりしたことは言えないのだ。言論の自由、表現の自由はないのだ。聖職者の聖職者による聖職者のための政治だ。

街では女性はどこにいてもマックロケで全く色気がない。お化けの行列だ。

特に女性の性的表現には厳しいらしく、外国人ですら髪の毛を隠すようにスカーフをかぶり、尻や胸の形が見えないようにダブダブの長い衣服が義務付けるれている。どんなお婆さんでも同じだ。

しかしよく見るとびっくりするような美人が多い。こんな美人にいつも喪服のようなものを着せておくのは全くもったいない。もっと男性の目を楽しませてくれてもいいと思うが・・・。