世界おもしろ話

世界のいろいろな国で見聞した中で"所変われば品変わる"、我々日本人が「アレッ?」と思うような、珍奇・面白風俗習慣を紹介します。

・多夫一妻

チベットには多夫一妻の習慣がある。みんなではないが、高地の遊牧民の間では今も残っている。男兄弟2-3人が一緒に一人の妻を娶るのだ。結婚式も同時にやる。一つの家で同居生活だが、みんなで仲良く暮らしているようだ。遊牧や商売に出かけると数か月も家を空けるので兄弟が家を守ってくれたら安心だという。また相続する時に財産や遊牧の地域(縄張り?)を分割しなくていいので継続性を保つための生活の知恵でもあるようだ。男の年長者が家長となる。子供が生まれた時本当の父親がわからないがそんなこと気にしないで家長が父親になる。他の男は叔父さんになる。そして子供の中では本当の父親に拘わらず最初に生まれた男の子が将来の家長になるのだ。


・地球上最後の母系社会
中国雲南省と四川省の境目の山間に濾沽湖という湖がある。麗江の街から車で6時間、峠をいくつも越えなければならない。その畔にはいくつかの集落がありモソ人と呼ばれる少数民族が住んでいる。見かけは普通の中国人だが、ここの人たちには結婚という概念がない。家は代々母親が家長として継続している。母親が亡くなった時は年長の娘が家長になる。子供たちは一生生まれた家で生活する。結婚することはない。それでは子供が生まれないので仕組みがある。殆ど毎晩どこかの集落で火を焚いてお祭り(合コン)があり、男も女もそこに出かける。そこで女性が気に入った男性を我が家に連れ帰り一夜を過ごす。毎晩同じ男のこともあれば違う男のこともある。選択権はあくまで女性にある。女性は成人すると個室を与えられ、ここでは家族公認のフリーセックスなのだ。だからどこの家も大きな造りだ。生まれた子供は母親が育てる。男には子供の面倒を見る義務も権利もない。生まれた時から赤の他人だ。本当は自分の子供とわかっていても全く気にしない。そして男は同居する女兄弟の生んだ子供の父親代わりとして子育てを手伝う、義務でもあるようだ。こんな社会ではいつの間にか異母兄弟による妊娠があり得るはずだ。そこは母親がうまくコントロールするといっていたが、言葉の障壁でそれ以上は理解できなかった。

・十字の切り方
日本ではキリスト教といえばカトリックとプロテスタントがよく知られているが、世界的にみるとローマカトリックと正教会がある。プロテスタントはローマカトリックの分派の様な物だろう。だから我々日本人が接するキリスト教というのは一般にローマカトリックかまたはその分派である。ところが東欧を中心に正教会も数億の信者をもつ巨大な宗教なのだ。ギリシャ正教、ロシア正教、エチオピア正教などなどいろいろ分類はあるがみんな親戚なのだ。我々不信心者には詳しくは分からないが表向きの違いはローマ側はキリスト像や聖人像など彫像を崇拝する。正教会は彫像は崇拝せずイコンといわれる聖人の絵を崇拝する。キリスト教信者はお祈りをするときよく手で胸に十字を切る(描く)がそのやり方も違う。ローマ側では先ず縦におでこから腹のあたりに線を描き次に左肩から右肩へ線を描いて十字とする。ところが正教では縦は同じだが、横は右肩から左肩へと描く。どんな意味があるのかは知らないが、スポーツ選手などがお祈りするのを見ているとどちら側の人か分かって失礼だが面白い。


・ユダヤの休日
我々日本では西欧のキリスト教に合わせたのだろう、日曜日が休みだ。イスラム教では金曜日が休みで、ユダヤ教では土曜日が安息日として休日になる。ユダヤ教の安息日は一切の労働が禁止される。金曜日の日没から土曜日の日没まで働いてはいけないのだ。厳密に守る人は少ないらしいが、どこまで厳密に考えるかは個人で決めるらしい。何もしなければ食事もできないから多少は動くのだろう。極端な人はエレベータのボタンも押さないそうだ。ボタンを押さないで望む行先へ着くには各階止まりでなければならない。だからイスラエルの大きなビルには土曜日には各階止まりのエレベータが設けられる。国防上の理由から超高層ビルは作らないのだそうだが、平和になったらどうするのだろう。実際には各階止まりのエレベータに乗った人は見かけなかった。

・仲良しのしる
トルコ人は我々日本人を見ると時々奇妙な仕種をすることがある。左右の手の親指と人差し指で丸を作り、それを鎖のようにつなげる。これは仲良しのしるしなのだ。トルコ人はこちらが恐縮するほど親日的だ。イラン・イラク戦争のときイランに取り残された日本人を危険を冒してテヘラン空港から全員救出してくれた。日本人の救出命令を出した大統領は国家的英雄になった。これは現在国の発展のために日本が大きく貢献していることもあるが、それよりも歴史があるのだ。昔トルコの海軍が日本を表敬訪問したとき、帰りに船が嵐にあって難破した。紀伊半島南端にある紀伊大島の付近だ。島の漁師たちが献身的に救助に当たり、後に明治政府が船を与えてトルコへ送り返したのだ。今も紀伊大島にはトルコ記念館がある。もう一つ、トルコが隣国ロシアから圧迫されて苦しんでいるときに、東洋の小国日本が大国ロシアをやっつけてくれた、ということもあった。これらのことは今では日本では殆ど忘れられているが、トルコでは必ず小学校で習うそうだ。日本でももう少し学校教育で近代史の教育が必要ではないか。 

・鳥葬
人の死後遺体を猛禽類に食べさせるという習慣は中央アジアでは広く行われていたらしい。今では少なくなったがチベットでは今も行われている。イランでも数十年前までは行われていたそうで、小山のように盛り土をした鳥葬台が現在も残っている。チベットでは隣人や近親者が遺体を担いで鳥葬場のある山へ登る。ここでお坊さんがお経をあげて大声で呼ぶと猛禽類が現れて遺体を食い尽くす。一日で内臓も含めてきれいに無くなり骨だけが残るそうだ。残った骨は専門職の人がいて粉々に砕いて山頂から強風にのせてばらまいて終わりだそうだ。死人がある種の病人であったり、薬をのんでいると鳥も食べないことがある。その時には麓の川に流す水葬になる。遠くインド洋まで流れる大河で、いつのまにか魚に食われたりする。だからチベット人は魚を食べない。

・露天の火葬
インドのガンジス河の畔にベレナスという町がある。ヒンズー教のお寺や簡易宿泊所がたくさんある騒がしい町だ。ここの河畔には幅広い階段のような沐浴場がある。年中沐浴する人が絶えない。ここで体も洗う、食器も洗う、歯磨きもする、水は不透明ではっきり言って汚い。しかしここは聖地でありここで沐浴することはある種のインド人にとって夢なのだ。さらに死後この地で火葬されガンジス河に流されることは非常に嬉しいことなのだ。死期を覚った人の中にはこの地を訪ねて簡易宿泊所で静かに死を待つという。
人々が沐浴するすぐそばに火葬場がある。4人焼ける設備が二つあった。設備といっても露天で煉瓦の様な物が並べてあるだけだ。近くに薪を売っていた。ここで近親者たちがお茶を飲んで談笑しながらじっくりと焼けるのを待つ。死は生活の延長であり穢れなど一切感じられない。焼きあがったらそのままガンジス河に流す。そのすぐそばでは人々が沐浴をしている。

・水上の村
ペルーのアンデスの山の中、標高3800m余りのところにプーノという街がある。富士山の高さだ。街といっても将来のエリートが集まる有名国立大学がある大都会だ。この街にある大きな湖がチチカカ湖だ。対岸は遠くて見えない、向こうはボリビアだ。この湖には大きな浮島がいくつもある。この浮き島は浅瀬に生えているトトロという葦のような草を束ねて作った人工島なのだ。一つの島には数十軒の家が建ち、学校や教会まである。なんとこれらは全部トトロで作った物なのだ。土地は全てトトロの束だから歩くと少しふわふわして怖い気がする。でもここで子供たちはサッカーもやっている。子供たちはおやつにトトロの芯も食べる。食べてみたがサトウキビのような感触だが美味くはなかった。畑もある。ジャガイモを植えていたが一種の水耕栽培なのだろうか。ピンポン玉くらいの芋が採れていた。村を行きかうのに船もあるが、これもトトロで作られている。不思議なことに推進具は日本古来の櫓と全く同じだ。船の舳先には漫画チックな大きな顔が付けてある。「となりのトトロ」はここから来たのかも。

・モスクの中
イスラム教のお寺をモスクという。日本には数か所あるだけで非常に少ないから、入った経験のある人も少ないだろう。実は建物は立派だが、中にはほとんど何もない。人間はもちろん動物の彫刻や絵は一切ご法度なのだ。植物と文字で書いたコーランの一節のようなものだけが装飾品だ。広いだけに実に殺風景だ。ただし一つだけ必ずあるものがある。ムフラーブと呼ばれる祭壇のような壁の窪みだ。祭壇ではないので飾り物は何もない。これはその土地からメッカの方向を示している。信者たちはこれを目印にしてメッカの方向へ祈りを捧げる。ここに大勢の信者たちが集まって一緒に祈ることに意義があるらしい。但したいていの場合男専用で女は入れない。女達は外や自宅で祈るのだ。なぜか観光客は女も入れてくれる。
大きなモスクでは外にミナレットという大きなロケットの様な物が建っている。昔はお坊さんがここに登って大声でお祈りの時刻を知らせて信者を集めたらしいが、今はスピーカーが取り付けられているので登らないようだ。所によってはモスクの入り口に小石の様な物がたくさん箱に入れてある。聖なる石で、信者は自由に持って入るが異教徒は触ってはいけない。信者はこれをメッカの方向おいてしゃがんでおでこをつけて拝むのだ。

・イスラム諸国の宿泊
イスラム諸国のホテルには各部屋に必ず4点セットがある。日本でもホテルには仏教の経典やキリスト教の聖書が置いてある。同じようにイスラム国ではコーランが置いてある。更に天井の片隅には矢印が書いてある。メッカの方向を指している。そして畳四分の一くらいの絨毯と小石がある。絨毯を敷いてメッカの方向に石を置いく。絨毯に座って石におでこを付けてお祈りをするのだ。
ホテルの場合はこれでいいが飛行機での機中泊はどうするか。イラン航空などはちゃんとお祈りの部屋がある。狭いが交代で祈っているようだ。メッカを指す矢印もちゃんとあり、よく見ると矢印が動いている。なんとGPSで自動的にメッカを指しているのだ。

・中国の電動バイク
中国の都市では空気が汚いので有名だが、一部なのかどうかわからないが、意外に電動車の普及が進んでいる。杭州の世界遺産西湖付近ではタクシーにも電動車が多い。一度の充電で70km走れるそうだ。充電はスタンドで電池を交換するだけなので早い。バイクは殆ど100%電動だ。そこまでは大いに結構だが、元々運転マナーが非常に悪いうえに音がしないから極めて危険だ。夜も殆どライトを付けないで歩道を走る。今までも歩行者は徹底的に弱者だが今後はますます交通地獄になりそうだ。


・世界の両端
ポルトガルのリスボンから30kmほど西にロカ岬という所がある。ユーラシア大陸の最西端だ。ここに天辺に十字架を付けた小さな塔があり、そこにはポルトガルの詩人の言葉「ここに陸終わり海始まる」と書いてある。一方日本の本州最東端千葉県犬吠埼の灯台のそばにポルトガル友好の碑というのがあり、ここには「ここに海終わり陸始まる」と書いてある。友好都市なのだ。間にあるアメリカはどうしたのだろうね。

・喜望峰を発見したのは誰?
日本では学校教育で喜望峰を発見したヨーロッパ人はヴァスコ・ダ・ガマと教えられている。1479年のことである。しかし南アフリカ共和国では全く違う。1472年にパルトメウ・ディアスという人が発見したことになっている。町の中心にもディアスの大きな像が建っているがガマはいない。正確に言うとガマは喜望峰を越えてインド航路を発見した人なのだ。当時のヨーロッパ人はインドの胡椒が欲しくて航海に出たのであってインドへ辿り着かなかったディアスなどどうでもよかったらしい。

・チベット仏教のお線香
日本でも中国でもその他東南アジアでも仏教寺院ではお線香を焚くがチベットではお線香を使わない。その代りヤクの乳で作ったバターを使う。チベットのお寺は一般に窓が少なく暗い。その中で火鉢のような大きな器にバターを入れて何本か灯心を挿して火をつけてある。灯明だ。お参りに来た人々はこの器にバターを追加して拝んでいく。バターを持っていない人のために門前には露天でバターを売っている。お寺の中は油煙と油の臭いでムンムンして息苦しいが、地元の人は気にしないようだ。

・マサイ族のいい男
アフリカのケニヤ・タンザニアにマサイ族という原住民が住んでいる。遊牧民だがあまり移動は激しくなく数十家族の単位で半定住している。国境など関係なく時々移動するのでケニヤやタンザニアでは正確な人口がわからない。マサイの男たちは踊りの中でよくピョンピョンと飛び上がる。高く跳ぶほどいい男で女にもてるそうだ。体が筋肉質でスリムだからよく跳び上がる。真似てみたが全く比較にならない。止めておけばよかった。しかしこのようにして女にもてた男も結婚するには結納として娘の父親に牛10頭を渡さなければならない。牛が彼らの唯一の財産なのだ。結納さえ渡せば妻は何人でもOKだ。沢山嫁さんをもらって、たくさんの娘を産ませることが最も効率的な利殖方法なのだ。

・兵馬俑発見者の怪
兵馬俑の発見は中国西安郊外で一人の農夫が人形のかけらを掘り出したのがきっかけだったことになっている。2000年に訪れた時その発見者という老人が説明書に有料でサインをしていた。高齢なのでサイン出来るのは今のうちだというふれこみだった。それから11年たって再度訪問したらなんと同じところでまた別の老人が同じことをやっていた。問い詰めると発見の時一緒にいたのだという。これが国立博物館のやり方だ。偽物、パクリは犯罪ではないらしい。

・鹿の牧畜
牧畜といえば牛、馬、羊、たまに豚などだが、ニュージーランドでは鹿の牧畜が増えている。羊毛は化繊に押され羊肉の消費も伸びない。そこで鹿の育成に力を入れている。主にドイツへ輸出するのだそうだ。ドイツ人は鹿肉をよく食べるし美味い、鹿革も好きだ。牧場の経営者は羊を育てても利益は一頭100ドルにしかならないが、鹿は1000ドルになるといっていた。今日本各地で鹿が増えて困っているが、もっと鹿を食べたらいいと思うが。

・温泉治療
チェコの東端、ドイツとの国境近くにカルロリ・バリという温泉リゾート地がある。かつてヨーロッパの貴族たちが競って別荘を造ったところだ。今もドイツ人をはじめ多くのヨーロッパ人が湯治に来て賑わっている。ところがこの湯治方法が日本とは全く違う。町には泉源が8か所ありそれぞれお湯の成分が違うらしい。湯治客は専門の医者に病状を相談すると医者が処方してくれる。その内容が面白い。どの泉源とどの泉源のお湯を何時に何杯飲むといったように温泉の飲み方を指導してくれるのだ。バスタブに浸かったりはしない。飲むための吸い口のような陶器も売っている。これで本当に病気に効くのかどうか知らないが、昔傷ついた鹿が温泉のお湯を飲んでいたということから発展したようだ。

・天然の歯磨き
インドにはニームの木と呼ばれる樹が至るところで見られる。楠木のような樹形の大木だが、葉は笹のように細く平たい。
この樹の小枝を鉛筆のように切りそろえて露店で売っていることがある。これが歯磨きになるのだ。そういえば朝大きな妻楊枝のようにくわえて歩いている人を見かける。何処にでもある樹なのでむろん自分で作ってもいいのだろう。殺菌効果があるとかで傷口に点ける事もあるそうだ。これは便利そうだ。 

・ヒンズー教のセックス
日本にも男根,女陰をご神体として敬う神社があるが、インドやネパールのヒンズー教のお寺はその比ではない。巨大な石の男性器や女性器、さらにはその交合状態を祀っているところが各所にある。人々はそれらに花を捧げてお参りする。またお寺によってはありとあらゆる体位での何百もの男女交合状態の彫刻で埋め尽くされているところもある。日本では公然わいせつ罪で逮捕されそうだ。これらは決して卑猥なのではなく生命の誕生を崇めるものだそうだ。

・五体投地
チベットやネパールのチベット仏教のお祈りの方法だ。頭上、胸で手を合わせ、次にヘッドスライディングのように前に飛び込む。そしておでこを地面に当てる。これを3回繰り返すのが一般的なお祈りの作法だ。巡礼者はこれを何万回も繰り返しながら街道を進む。国道を尺取虫のように進む巡礼者を見かけたが、高速の車の脇で危険極まりない。目的地まで一年以上かけることもあるそうだ。
お寺では一ヵ月かけて1万回繰り返す拝み方もある。
たまたま会った若者は3ヶ月続けているそうだ。そしてまだあと一ヵ月やるそうだ。一体何回やるのか。
長期にお祈りを続けていると当然食糧も金も尽きる。そこでカンパを募りながらやるのだ。最初は乞食と間違えた。

・スピード違反と賄賂
チベットの田舎でも最近道路が整備されると共にスピードの出しすぎによる事故が増えているそうだ。警察では街道筋に検問所を設けて通過する車に時刻を書き入れたカードを渡す。次の検問所で到着時刻により平均速度を計算して違反を摘発する。わき道は全く無いから逃げられない。しかしカードには予め次の検問所の位置と予定通過時刻が記入されているから検問所の手前で時間調整をしたら掴まることはない。要するに捕まえるのが目的ではなく、スピードを出しても意味がないことを教えているのだ。
それでも我々の運転手君、計算を間違えたらしく2分早すぎて御用となった。掲示板には200元以上2000元以下の罰金とある。しかしそこは中国得意のネゴシエーションの始まりである。結局十分ほどの交渉の末違反キップは切らない、領収書は要らないということで100元の賄賂で一件落着。双方納得である。

・水より安いガソリ
産油国ではガソリンの価格が極端に安く設定されている国がある。ベネズエラでは1米ドルで6リッター買える。600ccのミネラルウォータも1米ドルだ。イランは世界第二位の石油埋蔵量があり1リッター15円位だ。いずれも独裁国家であるため国民の不満を和らげるために政策的に安く設定している。
しかしイランの場合ガソリンは輸入品なのだ。製油能力がないためガソリンが作れないのだ。外国から高く輸入して国民に安く売る。これでは財政がもたないので量的制限を加えている。車1台あたり月に100リッターと決められ?ている。鉄道がほとんどない国なのでこれは決して多い量ではない。


・マサイ族の嫁貸し
ケニア、タンザニアに住むマサイ族は一夫多妻である。猛獣と戦う男たちは早死にするので、子孫を残すための知恵らしい。親しい友人が遠方から来たときには滞在中自分の嫁さんの一人を貸すそうだ。むろん夜伽もさせる。もしそのために子供が生まれても自分の子供として大切に育てる。それが友情の証なのだ。「友あり、遠方へ行く、また楽しからずや」

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