ポーランド

2012年5月ポーランドを訪れた。直接の目的はアウシュビッツ強制収容所を是非見たいということだった。それはそれで大いに考えさせられる収穫があったが、それ以外にこの国の歴史には大いに興味をそそられた。中世の超大国でありながらその後永く他国の支配下に置かれた悲劇の国でもあり、現在では思いのほか明るく非常に美しい国であった。社会主義時代の暗いイメージは一掃された。
我々年配者にはポーランドといえば「アウシュビッツ」「連帯」「ワレサ」という言葉が浮かぶが、その裏返しとして今は子供たちにも徹底的に「自由」「独立」ということが叩き込まれているように見えた。本当に苦しんだ過去があったのだろう。

ワルシャワ

ポーランドの首都であり、政治、文化、経済の中心地である。地理的にも国のほぼ中央にある。そしてその古都歴史地区は世界遺産である。数十年前多くの日本人が政治的蜂起に感動した映画「地下水道」の現場でもある。ナチスにより何十万もの市民が殺され徹底的に破壊された街がいま原型に忠実に再現されている。破壊直後の写真を見ると広島、長崎にも匹敵するほどの有様だが、その後の修復には歴史に対する執念が感じられる。

世界遺産である旧市街とその付近にある新市街との境目はよくわからなかったが、大体王宮広場と市場広場を中心として中世の姿が非常によく復元されている。細かい彫刻から壁画まで記録のある限り忠実に再現してあるそうだ

旧市街

右は16世紀末にクラコフからワルシャワへ遷都し、ポーランドを大きく発展させたジグムント3世の碑。王宮広場の中央にある。

王宮

左は旧王宮。現在は博物館になっている。博物館といっても展示物があるわけではなく建物自体が展示物なのだ。

内部は絢爛豪華そのものだ。これを中世ではなく現代に元通りの材料を使って再生したのだからすごい国だ。それに建物以外の絵画や調度品はナチスに破壊される前に殆ど避難させたので本物なのだ。これまた戦前から歴史に対する執念が感じられる。

王妃のベッド。これも戦災を逃れた本物。腰掛のように狭いベッドだ。中世では健康のため半ば座って寝るのが習慣だったとか。同様の狭いベッドはフランスやイタリアでも見たことがある。

市場広場

聖十字架教会

中心部にある聖十字架教会。ここにはショパンの遺言により心臓が埋められているそうだ

内部の柱にはここに心臓があると書いてある。
心臓も避難したのだろうか?

すぐ近くの街角にコペルニクスの像があった。手に地球儀の様な物が「それでも地球は動いている」と。

ナチスに対して蜂起した民衆の像。ポーランででは「地下水道」に象徴される蜂起の精神が大切にされている。しかしこの時はナチスに敵対するソ連にも応援されず敗れた苦しみの歴史だ。

キュリー夫人の家。キュリー博物館いなっているが、閉まっていた。彼女は夫ピエール、子供を含めて一族でノーベル賞を5回受賞した。

博物館の中で小学生の歴史授業が行われていた。ここでも自由、独立が叩き込まれる。先生が王妃のような姿をして子供の興味を引いている。

王宮広場から数百メートル離れたところに市場広場がある。ここでは現在もテント張りの食料品などの店やカフェが並んでいる。中央に剣を振り上げた人魚の像がある。ワルシャワの紋章だそうだ、何かいわれがあるのだろう。

バルバカン(砦)

旧市街の北部にあり15世紀ごろ建てられた砦がある。火薬庫や牢獄として使用されたとか。やはり第二次大戦で破壊されたが、戦後見事に復元された。